Tuesday, December 7, 2010

ハオは保育園での自由時間にはいつもキッチンセットで遊んでいるらしい。
これをやめさせ他の遊びをさせるようにすると保育園の先生が言う。

「ほっとけ。
  凡人レベルの考えで子供を鎖で縛ろうとするな。
  無知が余計なことをするな。」

と正直、私は思っている。

子供は好きなことだけやればいいのだ。
他の事はやりたくなれば自然にやる。

しかし、私は保育園に文句を言ったりはしない。
学校とはそういう場所だからだ。
そういう場所にあってハオは自力で自分自身を見つける訓練ができると思うからだ。

同時に家では決してああいう絵をかけ、こういう遊びをしろ、
とハオやヒナに決して言うな、と夫にはきつく言っておいた。

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どうやって他者と同じになるか、平均になるか、人の言いなりになるか、それしか学校では教えない。

無意味な競争をさせる学校教育は即座に改善するべきだとMITの人々も言っている。
学校は楽しい場所であるべきだ、と。

しかし、学校と言う欺瞞に満ちた場所にあって、他の誰も欺瞞を見破ることが出来ない中でも自力でその欺瞞を見破るんだぞ。大人が何でも知ってるツラして、何も知らないのに、知ってるつもりになっているという事を自力で見破るんだ。

学校を欺瞞を見破る練習の場にしたらいい。学校はあれこれとバカらしいことをさも道徳だの正しいことだの教えて君たちを鎖に繋ごう檻に入れようとするけれども・・・君たちは自由だ。

今日はハオの保育園の面談だった。先生は彼が生徒であることはとても喜ばしいとのこと。
 チェック項目がいくつもあり、全てクリア。申し分ない。

が、そのチェック項目の内容にビックリした。何の意味もない事ばかり。それをクリアしてなかったとしてそれが何か?って内容だ。

バカらしい・・。しかし、これらを自分の子がクリアしていないからといって、慌ててしまう親とかいるんだろうな。

そして何とかさせようとして子供に不必要なことを強要し、結果的には子供に自分自身でいてはいけないと思わせる。物事に素直な心で感動する心を麻痺させてしまう。それを牢獄と言わずに何と言うのだろうか?

 これが憎しみを無垢な子供の心に芽生えさせるプロセス。
 
しかし、無理解は世の常だ。今のところ。そんなのに流されずに、だまされずに生きるんだ。